MRS研究の歴史

MRS(磁気共鳴分光法)は、生体内の代謝物を非侵襲的に定量評価できる手法として発展してきました。1980年代後半から2000年代にかけて、臨床MRI装置の高性能化とともにin vivo (生体内) MRSの応用研究が進み、脳や骨格筋における代謝評価が可能となりました。初期の研究では、主に脳代謝物(Lactate、NAA、Cr、Cho、GABAなど)の計測が中心で、虚血性脳血管障害、てんかん、脳腫瘍など、あるいは様々な臓器の悪性腫瘍、神経膠腫(glioma)、脱髄・変性疾患などの診断補助として、臨床現場に応用されてきました。その後、シーケンスやコイル技術の改良、磁場強度の高磁場化(3T、7T[テスラ])の進展により、信号対雑音比(SNR、S/N比)およびスペクトル分離能が向上し、より詳細な代謝解析が可能となりました。

<参考資料>

  • 成瀬昭二(監修)、梅田雅宏・原田雅史・田中忠蔵(編著)、磁気共鳴スペクトルの医学応用ーMRSの基礎から臨床までー、インナービジョン2012年
  • Wilson et al. Methodological consensus on clinical proton MRS of the brain: Review and recommendations. Magn Reson Med 2019 DOI:  10.1002/mrm.27742

[用語]  
MRS (磁気共鳴分光法, magnetic resonance spectroscopy)
Lactate (乳酸)
NAA (N-アセチルアスパラギン酸, N-acetyl aspartate)
Cr (クレアチン, creatine)
Cho (choline, コリン)
GABA (γ-アミノ酪酸, gamma-aminobutyric acid)
Glioma (神経膠腫)



骨格筋MRS研究の歴史

骨格筋代謝物質を評価する方法として、筋生検(biopsy)が用いられてきました。しかし、筋生検は外科的侵襲を伴い、筋組織を直接採取する手技であるため、被験者への身体的負担が大きく、倫理的観点から研究目的での実施には一定の制約があります。また、運動中の測定が困難であり、運動終了から試料採取までに時間を要することから、代謝変化をリアルタイムに評価することは困難です。さらに、繰り返し測定が難しいため、同一個体における経時的変化の追跡にも限界があります。このような理由から、運動時の骨格筋エネルギー代謝の詳細には、依然として未解明の点が残されています。
一方、MRSは、IMCL(筋細胞内脂質)、EMCL(筋細胞外脂質)、クレアチン(Cr)、クレアチンリン酸(PCr)、アセチル-L-カルニチン、カルノシン、タウリン、グリコーゲン、ATPなどの代謝物質を非侵襲的に計測することが可能です。非侵襲的とは「外科的な侵襲がない」と言う意味です。これらの代謝物質の定量評価により、骨格筋のエネルギー代謝および代謝特性の理解が進展し、運動生理学、糖代謝や肥満・糖尿病をはじめとする生活習慣病研究、さらにはスポーツ科学分野へと応用が拡大してきました。近年では、高磁場MRI装置および高度なスペクトル解析技術の進歩により、微量代謝物の高精度な評価が可能となり、ヒト骨格筋代謝の理解は大きく進展しています。MRSは現在、基礎研究から臨床応用に至るまで幅広い分野において重要な分子イメージング手法として位置づけられています。

<参考資料>

  • Krssak et al. Proton magnetic resonance spectroscopy in skeletal muscle: Experts’ consensus recommendations. NMR Biomed 2021 DOI: 10.1002/nbm.4266
  • Meyerspeer et al. 31P magnetic resonance spectroscopy in skeletal muscle: Experts’ consensus recommendations. NMR Biomed 2020 DOI: 10.1002/nbm.4246

[用語]
1H (proton, 水素)
13C(carbon, 炭素)
31P (Phosphorus, リン)
IMCL (intramyocellular lipid, 筋細胞内脂質)
EMCL (extramyocellular lipid, 筋細胞外脂質)
PCr (creatine phosphate, クレアチンリン酸)



骨格筋CEST、MRSI/CSIの研究

形態画像では捉えることのできない「代謝機能」を可視化する分子イメージング手法として、CEST(化学交換飽和移動法)やMRSI(磁気共鳴分光イメージング)/CSI (ケミカルシフトイメージング)があります。CESTは、交換可能なプロトンと水プロトンとの化学交換現象を利用することで、従来のMRIでは検出が困難な微量代謝物質を間接的に可視化・マッピングする手法であり、骨格筋ではクレアチンなどの評価に応用されています。一方、MRSI/CSIは、分光情報*を空間的に取得することで、クレアチンを含む複数の代謝物質の濃度分布を画像として可視化できる手法であり、代謝状態を包括的に評価することが可能です。これらの分子イメージング技術は、特に骨格筋研究において大きな力を発揮しています。骨格筋は運動、代謝、エネルギー恒常性の中心的な役割を担う臓器です。その機能は代謝物質の動態と密接に関連しています。しかし、従来のMRIによる形態評価のみでは、筋量や構造変化は捉えられても、筋内で生じている代謝活動を直接評価することは困難でしたが、CESTやMRSI/CSIで解決できるようになりました。これらの技術は、骨格筋の「形」だけでなく「機能」や「代謝」を統合的に評価する新しいアプローチとして、スポーツ科学から臨床医学まで幅広い分野で応用が期待されています。

<参考資料>

  • Armbruster et al. Personalized and muscle-specific OXPHOS measurement with integrated CrCEST MRI and proton MR spectroscopy. Nat Commun 2024 DOI: 10.1038/s41467-024-49253-6
  • Vermathen et al. Skeletal muscle ¹H MRSI before and after prolonged exercise. I. muscle specific depletion of intramyocellular lipids. Magn Reson Med 2012 DOI: 10.1002/mrm.24168

[用語]
CEST(chemical exchange saturation transfer imaging, 化学交換飽和移動法)
MRSI(magnetic resonance spectroscopy imaging, 磁気共鳴分光イメージング)
CSI (Chemical shift imaging, ケミカルシフトイメージング)

*分光情報とは、各代謝物質が示す固有の共鳴周波数(ケミカルシフト)とその信号強度から得られる情報で、物質の種類及び濃度を反映するものです。



運動に伴う骨格筋代謝物質の研究

1980〜2000年代初頭にかけて、世界中の多くの研究グループが、運動による骨格筋代謝物質の動態を明らかにしてきました。代謝物質の評価法としては、主に筋生検(biopsy)およびMRSが用いられてきました。運動により、どの代謝物質がエネルギー産生に利用されるかは、運動強度および運動時間に依存します。PCr(クレアチンリン酸)およびPi(無機リン)は、短時間・高強度運動時に重要な役割を果たす高エネルギーリン酸化合物であり、31P-MRSを用いることで運動中を含めた連続的な測定が可能です。一方、脂肪は、主に低〜中等度の持久的な運動で利用が高まり、グリコーゲンは中〜高強度運動で主要なエネルギー源となります。脂肪やグリコーゲンの変化は、主として運動前後および回復期に評価されてきました。脂肪(1H-MRS)やグリコーゲン(13C-MRS)については、これまで主にMR装置外での運動後の測定が中心であり、運動中の詳細な代謝動態を評価することは技術的に困難でした。しかし近年、超高磁場MR装置の発展により、従来検出が困難であった微量代謝物の同定や、短時間・低強度運動における代謝変化の評価が可能となってきました。私たちの研究グループでは、7T MRSを用いて、多様な骨格筋代謝物質の高精度検出および、運動前・運動中・運動直後・回復期における代謝動態の解明に、世界に先駆けて取り組んでいます。これらの研究により、ヒト骨格筋エネルギー代謝の理解は着実に進展しつつあります。

<参考資料>

  • Loher et al. The flexibility of ectopic lipids. Int J Mol Sci 2016 DOI: 10.3390/ijms17091554
  • Romijn et al. Regulation of endogenous fat and carbohydrate metabolism in relation to exercise intensity and duration. Am J Physiol 1993 DOI: 10.1152/ajpendo.1993.265.3.E380
  • Egan and Zierath. Exercise metabolism and the molecular regulation of skeletal muscle adaptation. Cell Metab 2013 DOI: 10.1016/j.cmet.2012.12.012
  • Casey et al. Effect of carbohydrate ingestion on glycogen resynthesis in human liver and skeletal muscle, measured by 13C MRS. Am J Physiol Endocrinol Metab 2000 DOI: 10.1152/ajpendo.2000.278.1.E65
  • Meyerspeer et al. 31P magnetic resonance spectroscopy in skeletal muscle: Experts’ consensus recommendations. NMR Biomed 2020 DOI: 10.1002/nbm.4246
  • Kemp et al. Quantification of skeletal muscle mitochondrial function by 31P magnetic resonance spectroscopy techniques: a quantitative review. Acta Physiol 2015 DOI: 10.1111/apha.12307

[用語]
ATP (adenosine triphosphateアデノシン三リン酸)
Pi (Inorganic phosphate, 無機リン酸)



骨格筋MRSデータ処理(Post-processingおよびFitting)の課題

MRSを計測した後、必要な情報を得るためには適切なデータ処理が不可欠です。質の高いスペクトル解析を行うためには、前処理から定量解析に至るまで、複数の処理工程を理解し適切に実施する必要があります。MRI装置に付属するMRS解析ソフトウェアには、データ処理に必要な基本的なコマンドが備わっています。また、市販の解析ソフトウェアや公開されているフリーソフトウェアも多数存在します。しかし、これらの多くは脳MRSを基盤として開発されており、骨格筋MRS特有のスペクトル特性に最適化された解析環境は、いまだ十分に整備されているとは言えません。現在、私たちの研究グループでは、骨格筋MRSデータに特化した高精度解析を実現するため、専用のBasis setの構築に取り組んでいます。

<参考資料>